会社上場について、本格的な検討段階に入ったのがこの年です。それまで私は、「上場」なんて大手優良企業が取り組むハードルの高い目標であり、地方の中小企業にとっては“夢物語”だと考えていました。しかし、ある著名な介護施設社長からVC(ベンチャーキャピタル)を紹介され、当社への投資について相談を受けたことから私の中で上場への夢が現実的なものになってきたのです。
2015年度の介護報酬改定も、上場を真剣に考えるようになった大きなきっかけです。「2025年問題」という言葉が使われているように、国内の後期高齢者(75歳以上)は、2025年時点で人口の約20%、認知症患者は700万人に及び、介護医療費は21兆円にまで倍増するという試算が出ています。これに対して国は、保険対象者の絞り込みを図っており、その思惑が顕著に表れているのが2015年度の介護報酬改定だったのです。
この改定では9年ぶりに平均報酬単価が引き下げられた一方で、訪問看護、定期巡回などは報酬アップとなり、その重要性が明確に打ち出されました。そのことは、同年9月に厚生労働省が発表した「かかりつけ薬局」や「健康サポート薬局」の要件からも明らかです。塩崎厚労相は、「重度・中度の要介護者のケア、認知症への対応に配慮して加算した」と述べており、薬局においても在宅医療への対応、特に重度患者への対応が課題になると思われます。重度であれば頻回に呼ばれ、処方も重く知識も要る。対応は簡単ではありません。弊社のビジョンは、「患者さん、利用者さんが24時間365日自宅で安心して療養できる社会インフラを創る」です。これは国の方針や業界動向がどうであれ、決して変わりません。ビジョンを実現することが、結果的には薬局業界が抱える課題を解決に導くと確信しています。
「患者さん、利用者さんが24時間365日自宅で安心して療養できる社会インフラを創る」とは、社会の仕組みを変えるということ。具体的には、ヤマト運輸が「宅急便」というシステムを作り出して日本の流通を変えたように、「HYUGA PRIMARY CARE」が日本の医療を変えるのです。
一般の人は、薬剤師が薬を届け、適切な指導をしてくれることをまだまだ知りません。30年前、「クロネコヤマトの宅急便」が誕生したことで、私たちは短時間で安く荷物を輸送できるようになりました。在宅に置き換えると、薬を必要としている人のもとに、必要な薬が必要な量だけ届き、適切な指導のもと服用できるということです。それが「当り前」の社会を、きらり薬局が作るのです。これは薬局に限ったことではありません。患者さん、利用者さん、その方に関わる人々を様々な角度からサービスを提供することで支援していきたい。
ご存知と思いますが、会社を上場させれば、見たことも会ったこともない人が当社の株を売り買いするようになります。将来性の高い取り組みをスタートさせ、それが有望であると投資家に判断されれば、社長も社員も知らないところで会社の株価が急上昇することも珍しくはありません。つまり、大きな投資や今以上に多くのスタッフが必要な事業展開を図るために、上場はチャレンジすべきハードルなのです。
もちろん、売り上げや営業利益などはもちろん、労務の面も含め健全な企業である必要があります。そのため、企業の会計責任が正しく果たされているか、遵守すべき法令や社内規程などの規準に照らし、企業活動が正しく成されているかどうかを監視する「監査法人」から、最低2年間の監査を受けねばなりません。そうしたハードルをクリアしてでも、私はHYUGA PRIMARY CAREのビジョンを実現させたいと考えています。私たちのビジョンは、年間10万人と推計されている介護離職者の減少にも貢献できると考えています。今後、在宅医療における重度患者の比率が上がるにつれて、介護離職者もますます増加するでしょう。しかし、在宅医療の質が向上すれば、介護のために仕事を辞める人も少なくなるはず。「HYUGA PRIMARY CARE」が質の高い在宅医療を提供することで、介護離職抑制の一端を担えれば…と思っています。 重症患者さんや認知症患者さんへの対応をさらに充実させるため、私たちはもっと苦労や工夫を重ね、新しい薬局のモデルを作らねばなりません。きらり薬局を、さらに進化させるために上場を目指そうと決心したのです。